甲斐犬とは

甲斐犬概要

南アルプスの麓の山間部にある集落で羚羊や熊等の猟に使われていた犬で野性的な風貌と素朴さを持った犬です。

最初の甲斐犬は宮本村(現・甲府市黒平)で獣医師の小林承吉氏により大正13年の山間部の集落への往診の際に、発見された猪犬型甲斐犬で、後に西山村(現・早川町)と芦安村(現・南アルプス市)で鹿犬型甲斐犬が発見され昭和9年に天然記念物として指定されました。

先人の方々の努力により保存され現在では数少ないながらも普及しておりますが、甲斐犬愛護会では人間の手で甲斐犬を創り変える事を良しとせず、原種をそのままの形で残す保存方法が執られています。​


甲斐犬の天然記念物指定への経緯


甲斐犬の発見については、甲斐犬の発見者である小林承吉氏が発見から調査し続け、昭和5年に新犬種として発表したもので、小林承吉氏が甲斐犬保存の必要性を強く感じ当時の山梨県内の有力者へ呼びかけ、日本犬愛好家で甲府地方裁判所の次席検事であった安達太助氏にも協力を依頼し、昭和6年に結成された「甲斐日本犬愛護会」後の「甲斐犬愛護会」の初代会長に安達太助氏が、専務理事に小林承吉氏が就任され、以降の甲斐犬の保存への礎を築かれました。


安達太助氏は就任から2ヵ月で千葉県への転任が決まり会長を辞任され、2代目会長には県議会議員の今井新造氏が就任しました。

後に全会員が山梨県内をくまなく調査し、鹿犬型甲斐犬を発見しました。

小林承吉氏は、新たに発見した鹿犬型甲斐犬を国の天然記念物として指定を受けて、純粋に保存したいと提案し、全員が賛成しました。

小林承吉氏は更に調査を進め「天然記念物指定申請書」「天然記念物指定申請理由書」を作成し、友人であった日本犬保存会の創立者で当時の日本犬研究の第一人者の齋藤弘吉氏に依頼をし、作成して頂いた「甲斐虎毛犬調査報告」と「代表的な甲斐犬の写真四枚」「甲斐日本犬愛護会設立趣意書、会則」を添え、昭和8年3月9日、甲斐日本犬愛護会会長、今井新造氏の名義で、山梨県を通じて文部省へ「甲斐日本犬」の天然記念物指定申請書を提出しました。

「甲斐虎毛犬調査報告」は齋藤弘吉氏が依頼を受けて昭和7年5月に調査を行った記録であり、齋藤弘吉氏は甲斐犬の天然記念物指定に於いて多大な協力と尽力をされました。

山梨県を中心とした多くの方々の協力、尽力があり昭和9年1月22日に天然記念物に指定されました。


天然記念物指定申請時には「甲斐日本犬」として申請しましたが、名前が長すぎる為、変更するように指示を受け、「甲斐犬」と改められ、天然記念物指定書には「甲斐犬」とされています。


甲斐犬は、甲斐の地犬全般が甲斐犬とされた訳ではなく、甲斐の地犬の一種でありますが、その中で、特定の産地に生息していた同一の容姿、形態を成していた虎毛犬が天然記念物指定を受け、甲斐犬とされました。


毛色は、調査当時、原産地の中の一部の地域には赤、黒、中虎毛以外に茶色の犬がみられましたが、毛色だけではなく、容姿、形も甲斐犬とは異なった為、慎重に調査をした結果、他種交配による交雑種であった事が確認され、甲斐犬と認定されておりません。

これらの調査の結果から甲斐犬の毛色は赤、黒、中の3色の虎毛のみとされております。



甲斐犬の特徴と性格

一代一主性が強く飼い主には大変忠実ですが警戒心が強く、子犬の時を除き他人には慣れにくい傾向があります。

子犬の頃からの意識的な育て方で様々な用途に合った甲斐犬に育てる事が出来ますが、成長するに伴い、本来生まれ持った性質が出てくる傾向があります。

口吻が長く、耳は大きい為、嗅覚、聴覚が大変優れ、頭も良く訓練性能も大変高い犬種です。

​無駄吠えはしませんが、犬にとっての無駄吠えと人間の視点での無駄吠えは違う事もあります。

元々が猟犬である甲斐犬は必要であれば、即座に吠え立てる口の軽さがあります。

ちょっとした異変や異常を感じとれば、すぐに吠えて知らせてくれます。


山犬、猟犬としての性質が濃く飼い主には素直ですが動物には激しく攻撃する事もあります。

傾斜のきつい南アルプスの山岳地域で長くカモシカ猟に使われていた為に後脚の飛節が特に発達しており、急な斜面や岩場を駆け上がる能力や脚力に特に秀でており俊敏で軽快に動く事ができます。

​日本の風土気候に良く合い、身体は丈夫で病気にも強い犬種です。


甲斐犬の毛色には、イメージでわかりやすく記すと以下の3つのタイプがあります。
(毛色は3タイプですが見え方は実際にはもう少し複雑になる事もあります)


●赤虎(地色赤に黒の虎毛)

●中虎(赤と黒が半々に入った虎毛)

●黒虎(地色黒に赤の虎毛)


虎毛の色素は濃い、薄い、個体差はありますが、換毛期には全体的に色素が薄くなる事もあります。

白い個体はアルビノを除きおりません。

白毛は胸の一部と脚の先の部分だけに遺伝的な要素により出ることがありますが近年ではあまり見られなくなりました。

        

尾型は差尾と巻尾があります。


甲斐犬の発見当初は産地により異なる体型を持った鹿犬型と猪犬型の2種類の甲斐犬がおりました。


大きさは小型より大きく中型より小さい、小型と中型の間の大きさで、小型にも中型にも当て嵌まりません。

大凡が上記の中に当て嵌まると思いますが、実際には大き目の個体や小さ目の個体もおり、小さ目の個体と大き目の個体では、他の犬種ではあまり見られない位の差があります。


甲斐犬愛護会の故、小林承吉専務理事の説明によりますと、

甲斐犬はもとより日本犬保存会のいう中型と小型の中間で、体高一尺四寸前後の犬が多く、小型として出陳すれば五分高く、中型として出陳すれば一寸たりないということであるが、甲斐犬愛護会は展覧会のために犬を作るのではなく、古来伝わっている原種を優秀系的に保存愛護するのが目的で、改良種、新種の日本犬に作り変えることには同調できない

と説明されており、現在の甲斐犬愛護会では40~50cmとされております。



源狼犬舎ではペットや愛玩犬としての飼育はしておらず、人間と共存する為の最低限の躾以外の必要の無い芸を教える事や人間の都合による躾は行っておりません。

甲斐犬は甲斐犬らしく、容姿だけで無く、本能、本質、体質を維持する事が保存の上で重要な事だと考えております。